ナチュラル・パニック
結婚をしてからも、私が独身の時から住んでいる1DKのアパートに2人で暮らしていた。
しかし、子供を授かったのを機に少し広いアパートへと引っ越すことにした。
「新しい家は、ナチュラル系のインテリアにするの」
妻は嬉しそうに、ネットから拾ってきたナチュラル系の部屋画像を毎日のように私に送ってきた。
「あなたの机はイメージに合わないから、捨ててくれない?」
妻は私が独身時代から長年愛用してきた黒い机を捨てるように迫ってきた。
「引っ越しを機に、お洒落な内装で統一しようよ」
健やかなるときも、病める時も共に過ごしてきた机…。
まだ十分に使えるのに、イメージに合わないとか、お洒落じゃないからとか、そんな理由で捨てるわけにはいかない。
「それは嫌だよ。彼はまだ頑張れるよ」
「えぇー!」
妻は不満そうな顔をしたが、渋々了承してくれた。
* * *
新しいアパートに引っ越してから、妻と共に家具を買い始めた。
妻の拘りは強く、最初に訪れた1店舗目ですぐに購入することはない。
1店舗、2店舗、3店舗と回った中で気にいったものを買うため、とにかく時間がかかる。
長い時間をかけて、机や椅子等の家具は木目調で統一され、本や小物等を収納するボックスは、天然素材を使用した拘りの物で揃えられた。
妻が購入した家財はなかなか割高な価格だが、妻が嬉々として選ぶ物には何も言えない。
半分、諦めの気持ちで家財道具が揃っていくのを眺めていた。
* * *
新しいアパートに引っ越して数か月が過ぎた。
季節は春から夏に変わり、気温も暖かくなってきている。
「最近、虫が多くない?」
妻が不機嫌そうな顔で呟いた。
「古いアパートだから、虫くらいいるさ」
「小さい虫が飛んでるんだよね」
「生ごみとかが原因じゃない?早めに捨てるようにしようか」
「うーん、わかった」
妻はあまり納得していない顔をしていた。
~ 2週間後 ~
「やっぱり虫がいるよ、ほら」
妻に言われて、畳を見ると確かに小さい虫が数匹動いていた。
「ここにも、ここにも。ほら」
机の上や、パソコン、本や書類等、よく見ると様々な場所で小さい虫が動いていた。
「ホントだ、なんだこれ」
「寝室の布団にもいるのよ、もう嫌!!」
妻は若干パニックを起こしながら、早口で私をまくし立てた。
「こんなに虫がいたら、子供が心配だわ。実家に帰ろうかしら」
「夏だから虫が増えてるだけじゃないの?」
「私は虫が嫌いなのよ!!」
妻は怒ったような口調で私に言い放った。
「ちょっと、原因を探してみるよ」
私は部屋の中を四つん這いではい回り、虫が大量に発生している場所を探した。
プラスチック製のパソコンや、無機質な黒いテーブルにまで虫が動き回っている。
虫の餌が無い、居心地が悪いところにまでこれだけ大量に発生しているということは、何か原因があるはずだ。
どこかに巣があるんじゃないのか?
注意深く部屋の中を見ると、木や布を網目状に編んで作られた収納ボックスが目についた。
「原因が分かった…」
振り返って妻に伝えると、妻はすでに泣きそうな顔になっている。
「原因って?」
「これだよ」
妻に原因となる収納ボックスを指さした。
「近くでみてごらん」
間近で見ると、そこには網目の中を這うように、大量の虫が蠢いていた。
「えっ、何これ気持ち悪い」
「天然素材で作られているからね。虫たちにとっては住みやすい場所なんじゃないかな」
「いや、もうこれ使えない。すぐ捨てて!」
そういうと妻はゴミ袋を持ってきて、私に手渡した。
* * *
原因となる収納ボックスを全てゴミ袋に入れ、すぐに代わりの箱を買いにいくことになった。
「はぁ~、あの箱高かったのにな。はぁ~」
妻は助手席でずっとため息をついている。
お店に着くと、すぐに収納ボックスのコーナーに向かった。
コーナーには、プラスチック製のボックスと木製のボックスの両方が置かれている。
「デザインはどうでもいい。虫がつかないやつで」
妻はブツブツ言いながら、すぐにプラスチック製の収納ボックスをカートに入れた。