ベイビー・トレーニング

壁に掛けられた時計を見ると、針は丁度夜の12時を指していた。

職場に残っているのは私1人。

「そろそろ、帰るか…」

窓や扉の鍵を閉めて、会社を後にした。

 

 * * *

 

家の扉を開けると、妻が息子を抱いて待っていた。

「お帰りなさい、ご飯用意するね」

そう言うと妻は息子を私に預けた。

私が息子を抱いた瞬間

「ふんぎゃあ、ふんぎゃあ」

突然大声で泣き始めた。

「えっ、お父さんだよ」

「ふんぎゃー、ふんぎゃー」

息子は腕と足をジタバタさせながら暴れている。

落とさないように必死で抑えながら、抱きしめ続けた。

 

 * * *

 

「なぜ、息子は俺を嫌がるのだろうか」

用意してくれた夕飯を食べながら、向かいに座る妻に尋ねた。

妻の腕の中で、息子は気持ちよさそうに寝ている。

「抱き慣れてないから、あなたの緊張感が伝わっているんじゃないの?」

「そうか、出来る限り抱くようにするよ」

 

それからというもの、出来る限り息子を抱くことを心掛けた。

家に帰った時、げっぷを出させる時、夜泣きをする時…

たくさん抱いたが、なかなか母親が抱く時のように落ち着いてくれない。

私が抱くとどうしても、手足をバタバタさせて暴れることが多い。

それでも、頑張って抱き続けた。

 

 ~ 3ヶ月後 ~

 

風呂上がりに、裸で鏡の前に立つ。

「ん?腕が太くなっている?」

腕が以前より逞しくなったように見える。

目線を下に落とすと、腹筋が割れてきているようにも見える。

 

体重が増えていることには気付いていた。

連日の残業に伴う、深夜の夕食が原因だとばかり思っていた。

これは、まさか…

息子に体を鍛えられている?

産まれた時に3キロ程度だった息子も今では6キロ。

私に気付かれないように、自然に負荷かけてきていた?

さらに、身体をジタバタさせることで、私の体幹も鍛えていた?

 

「君の仕業なのかい?」

息子に話しかけると、にやりと微笑んだように見えた。

 

これから先、息子の体重はどんどん増えていくだろう。

彼の成長と共に、私の身体も鍛えられていく。

息子を抱いた後は、裸で鏡の前に立つのが日課となった。

鏡が未来を写してくれるなら、鍛えられた上腕二頭筋と割れた腹筋を見せてくれるだろう。